「なぜ、そこまでして働くのか?」元支店長が告白する、老後資金の「手痛い誤算」

こんにちは、ウサタロウです。

前回の記事では、65歳を過ぎたシニアが直面する再就職の冷徹な現実。「選べる職種が肉体労働に限られる」「かつての肩書きがマイナスになる」といったお話をしました。

こうした発信を続けていると、読者の方から「それだけの実績があるなら、もう隠居してもいいのでは?」「なぜそこまでして働く必要があるのか」という問いをいただくことがあります。しかし、その答えは拍子抜けするほどシンプルで、そして残酷なまでに切実です。

「働かなければ、明日の生活が成り立たないから」です。

かつて年間52億円もの売上を動かし、高額な報酬を得ていた私が、なぜ今、自転車操業のような家計状況に陥っているのか。今日は、1級FP技能士としてのプライドを一度横に置き、一人の人間としての「手痛い誤算」を赤裸々にお話ししたいと思います。

1. 「貯める」より「稼ぐ」に執着した、狂乱の現役時代

私の20代から40代は、まさに住宅営業一色でした。当時の給与体系は、成果がすべてを語る歩合制。基本給に対して歩合給が1〜5倍という、売れば売るほど際限なく収入が増えていく世界に身を置いていました。

当時の私には、「いかにお金を管理し、守るか」という発想が、1ミリもありませんでした。 「美味しいものを食べ、良い車に乗り、立派な家に住む。そのために、必要なお金をいかに稼ぐか」。それが人生のすべてであり、美徳だと信じて疑いませんでした。お金を貯めるのではなく、必要ならもっと稼げばいい。その刹那的な感覚が染み付いたまま、私は50代を迎えました。

しかし、営業からマネジメント職に就くと、状況は一変しました。管理職としての責任は増大する一方で、かつての歩合給はなくなり、給与は大きく下がりました。慌てて生活を見直そうとしましたが、時すでに遅し。今度は子供の学費、親の介護、そして築年数が経過した自宅のリフォーム費用といった「出るお金」が津波のように押し寄せ、預貯金に回せる余裕など全くないまま、私は60歳の定年を迎えてしまったのです。

2. 第1の誤算:27年勤めて「退職金は13年分」という非情な現実

最大の衝撃は、60歳で迎えた「一度目の定年」の際に訪れました。 私は「Bハウス」に33歳で入社し、四半世紀を超える27年間、その商品に情熱を注いできました。当然、27年分の勤続年数に基づいた退職金を前提に、人生設計を立てていたのです。

しかし、ここに大きな落とし穴がありました。途中で会社の統合や子会社化が行われた際、形式上「別会社」への転籍扱いとなっていたのです。その結果、退職金の計算上の勤続年数は、実態の半分以下の「13年」とみなされてしまいました。 27年勤めた自負があった会社から提示されたのは、わずか500万円ほどの退職金でした。。長年、組織のために走り抜けてきた貢献が、経営方針一つで書き換えられてしまった。人生設計の大きな柱が、音を立てて崩れ去った瞬間でした。

3. 第2の誤算:退職直後に襲いかかる「150万円」の請求書

追い打ちをかけたのは、日本の税金と社会保険の仕組みでした。 私が加入していた「全国土木建築国民健康保険組合」には、退職後の「任意継続」制度がありませんでした。そのため、否応なしに国民健康保険へ加入することになったのですが、そこで突きつけられた現実に息が止まりました。

前年の高い所得に基づいた「国民健康保険料」と「住民税」の請求が、一気に150万円も押し寄せたのです。 「60歳以降は地元企業で働き、65歳からは年金で悠々自適に……」という淡い理想は、この150万円の支払いを前にして一瞬で吹き飛びました。その後、地元企業に再就職したものの、年収は現役時代の4割以下。親の介護費用などで貯えはさらに削り取られ、65歳で二度目の定年を迎えた頃には、通帳の残高はわずか100万円ほどになっていました。

4. 年金26万円の「自転車操業」という現実

現在、私と妻の年金を合わせると、月額は約26万円です(私個人は約18.9万円、そこに妻の基礎年金を合わせた額です)。 「それだけあれば十分ではないか」と思われるかもしれません。しかし、ここに高額所得者だった過去の「負の遺産」が響いています。

私の場合、自分の家と、見守りが必要な親が住む実家という「二軒分」の固定資産税、自動車税、そして介護のための見守り用インターネット回線といった固定費が、家計を激しく圧迫しています。貯蓄がほぼ底をついた状態での月26万円は、急な病気や家電の故障といった「予期せぬ出費」一つで崩壊しかねない、まさに綱渡りの「自転車操業」なのです。

「知っている」と「できている」は、全く別のこと

私は現役時代、仕事のために「1級FP(ファイナンシャル・プランニング技能士)」の資格を取得しました。しかし今、改めて自身の家計を直視したとき、猛烈な後悔の念がこみ上げます。 「この知識を、他人のためだけでなく、もっと早く自分の人生のために正しく使っていれば、今とは違う場所に立っていたはずだ」。

皮肉なことに、専門知識を持っていたからこそ、自分がどこでボタンを掛け違えたのかがはっきりと分かってしまう。その自戒の念が、今の私を突き動かしています。

私は現在、「社会保険労務士」の資格取得に向けて猛勉強を始めています。 自分の失敗をただの「後悔」で終わらせたくない。私のこの苦い経験と、これから積み上げる専門知識を掛け合わせることで、かつての私のように「自分は大丈夫」と過信している現役世代の方や、同じく崖っぷちに立つシニア世代の道標になりたい。それが、今の私の新しい挑戦であり、この歳になってもなお「働く理由」です。

「なぜ働くのか」 それは生活のためであり、そして、人生の落とし穴を一つずつ埋め直し、新しい自分として社会に再デビューするためでもあります。

今日という日は、残りの人生の最初の一日。 失敗を認めた瞬間から、新しい道は始まると信じています。

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