こんにちは、ウサタロウです。 前回の初投稿では、私が65歳にして「一人の求職者」として新たなスタートを切ったことをお話ししました。
かつては支店長や部長として、年間52億円という売上をあげ、100名を超える部下とともに戦ってきました。その自負を胸に挑んだ再就職活動。しかし、そこで待ち受けていたのは、テレビや新聞が報じる「社会の姿」とはあまりにかけ離れた、冷徹な現実でした。
今回は、私がこの数ヶ月の就職活動で突きつけられた、シニア再就職の「リアル」についてお伝えします。
1. 「人手不足」という報道の嘘と、シニアの絶望
テレビをつければ、「深刻な労働力不足」「人が集まらずに廃業する企業が続出」といったニュースが毎日のように流れています。政府も「シニアの活躍」を声高に叫んでいます。
しかし、いざ自分がその市場に飛び込んでみて驚きました。「人手不足」で困っているはずの世の中に、65歳の私たちが選べる職種など、どこにも存在しないのです。
メディアが言う人手不足と、シニアが求めている仕事の間には、底知れない深い溝があります。企業が求めているのは、あくまで「若くて安く動ける労働力」であり、私たちが培ってきた経験や知見を活かせる場所は、驚くほど限定されているのが実情です。
2. 「シニア歓迎」の正体は「60歳前後」
求人サイトで「シニア歓迎」という言葉を見つけると、少しだけ希望が湧きます。しかし、ここにも大きな落とし穴があります。 実際に募集内容を精査し、窓口に問い合わせて分かったのは、採用側が想定している「シニア」とは、多くの場合60歳前後のことだという事実です。
65歳を過ぎた途端、目に見えない強固なシャッターがガラガラと音を立てて閉まるのを感じます。たとえ健康で、働く意欲に満ち溢れていても、「65歳」という数字だけで、土俵に上がることすら許されない。これが今の日本の労働市場の現在地です。
3. 提示されるのは「肉体労働」の三択のみ
では、65歳以上の高齢者が週3〜4日、20〜24時間ほどの勤務条件で仕事を探すと、どうなるか。 検索結果に並ぶのは、ガードマン、介護、清掃の3職種が大部分を占めます。特に男性の場合、ガードマンなどの過酷な肉体労働がメインの選択肢となります。
かつて空調の効いたオフィスで戦略を練り、組織を動かしていた人間が、いきなり炎天下で交通整理の旗を振ることができるのか。あるいは、重労働の介護現場で腰を痛めずに働き続けられるのか。仕事、仕事で家事などまったくしたことがないのに満足な掃除ができるのか。仕事を選べる立場にないとはいえ、あまりに極端な「キャリアの断絶」に、多くのシニアが戸惑い、足を止めてしまうのです。
4. 「かつての肩書き」は最大の弱点になる
さらに追い打ちをかけるのが、私が誇りとしてきた「支店長」や「部長」という経歴です。 実は、採用する側にとって、こうした高い肩書きを持っていた人間は「極めて扱いにくい存在」として映ります。
「現場の細かい指示にプライドが高く口ばかりでしたがわないのではないか」「年下のリーダーの下で素直に働けるのか」 良かれと思って伝えたマネジメント経験が、むしろ「使い勝手の悪い高齢者」というマイナスイメージを増幅させてしまうのです。実績をアピールすればするほど、不採用への距離が縮まるという皮肉な現実に、私は何度も打ちのめされました。
実際、私は自分の専門性をアピールし、1級FP技能士や宅建士といった資格を活かせる「資格者優遇」の求人に2件応募しました。しかし、結果は2件とも面接にすら辿り着けず、書類選考で不採用の通知が届きました。40年間のキャリアも、国家資格も、65歳の壁の前では無力に等しい。それが現実です。
5. 高額所得者ほど陥る「年金の罠」
「現役時代にそれだけ稼いでいたなら、働かなくてもいいのでは?」 そう思われるかもしれません。しかし、1級FPとしての視点から見ると、そこには残酷な計算式が存在します。
40代、50代と高額所得であったとしても、将来受け取れる年金額がそれに応じて青天井に増えるわけではありません。厚生年金には上限があります。 特に私のように妻が専業主婦であった場合、夫婦合わせた年金額だけでは、これまでの生活を維持することは到底不可能です。長年の生活水準を急激に下げることは難しく、住宅ローンの残債や今後増えるであろう医療費、予期せぬ出費を考えれば、年金だけで生活が成り立つシニアは、実はごく一部に過ぎないのです。
それでも、前を向くために
「人手不足」と報じられながらも、選ぶ職種すら与えられない私たちシニア世代。 正直に申し上げますが、今の私は、かつての自信を少し失いかけています。 しかし、この「壁」を知ることは、決して無駄ではないと信じています。だからこそこのブログを通じて発信を続けたい。 この現実に直面しているのは、私一人ではないはずです。
今40代、50代でバリバリと働いている現役世代の皆さん。 「自分はまだ大丈夫」と思わずに、今のうちから「組織の肩書きを脱いだ自分」に何が残るのかを、少しだけ考えてみてほしいのです。
そして、私と同じように65歳の壁にぶつかっている仲間の皆さん。 この厳しさは、あなた一人の責任ではありません。社会の構造そのものが、まだ私たちの経験を活かす準備ができていないだけです。
今日という日は、残りの人生の最初の一日。 まだ、諦めるには早すぎます。
次回の記事では、この八方塞がりの状況の中で、私がどのように「一歩」を踏み出そうとしているのか。資格や経験をどう「再定義」して戦うのか、具体的な試行錯誤についてお話ししたいと思います。
